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LOGINそれから梨ヶ瀬《なしがせ》さんのサポートとして仕事をこなす毎日だったが、意外にも彼は仕事にプライベートを巻き込むことはしなくなった。
逆に不気味だと思い聞いてみたら、それも彼の作戦の内だったようで「可愛いね」と揶揄われてしまった。「本当に意味が分かんない、グイグイ迫ってきたかと思えばピタリと止めるし。本当に私と付き合いたいなんて、やっぱり嘘なんじゃないの?」「いつの間にかそんな事になってたんですね。でもお二人は、美男美女でお似合いだと思うんですけど?」 そんな吞気な事を言える眞杉《ますぎ》さんが羨ましい、彼女だって私の立場だったら逃げたくなるでしょうに。 まあそんな人は、あの鷹尾《たかお》さんに挑む勇気が無ければ現れないでしょうけれど。「そういう眞杉さんと鷹尾さんもお似合いだと思うけれど? どうしてまだ付き合わないの?」 眞杉さんだっていい加減に鷹尾さんの気持ちは分かっているはず。二人がさっさと付き合ってしまえば、ダブルデートの話だって無くなるかもしれない。 そんな淡い期待を持ちつつ、眞杉さん達の今の状況に探りを入れてしまう。「だって。私なんかが鷹尾さんの彼女なんて、不相応っていうか……」 確かに眞杉さんは長い黒髪に分厚い黒縁の瓶底眼鏡と、やや野暮ったい容姿をしていて地味ではある。 だが鷹尾さんはそんな眞杉さんの容姿ではなく、彼女の内面にベタ惚れのようだけど。 でも、ふと考える。もしここで容姿に自信のない眞杉さんを変えることが出来たなら、もしかすると……もしかしするかもしれない?「眞杉さん! 貴女が自信を持てるように、ちょっとだけ私にやらせてもらってもいいかな!?」「ええっ?」 自分で言いだしたこととはいえ、その後の数日はとても忙しかった。 梨ヶ瀬さんに残業を頼まれても何かと理由を付けて短時間で済ませてもらい、慌てて眞杉さんとの待ち合わせに向かう毎日の繰り返しで。 恥ずかしがる彼女を何とか説得してオシャレなショップへと入り、眞杉さんに似合う服をチョイスしてもらったり…… 彼女の分厚い瓶底眼鏡も何とか出来
それにしてもこのお化け屋敷を絶賛してたのは、どこの誰なのかしら? 思ったほどのスリルも無く、怖いのは梨ヶ瀬《なしがせ》さんの下心の方だわ。 なんて心の中で文句を言っていた、その時――「うらめしやああああ!」 なんて、こっちをまともに見もせずに髪を振り乱し突っ込んでくる着物の女性に体当たりされる。 勢いが良過ぎたせいか、私の後ろにいた梨ヶ瀬さんごと床に倒されてしまった。 ちょっとまって、どれだけ前を見てないのよ!「いったあ……」 上半身は梨ヶ瀬さんのお陰でガードされたが、思いきり尻もちをついてしまった。少し濡れた床の所為で、お尻が痛くて冷たい。「麗奈《れな》、大丈夫か⁉」 ちょっと待って? 梨ヶ瀬さんも何をどさくさに紛れて、下の名前で呼んでるんですか。ギロリと睨むけれど、そんな事はお構いなしに私の身体をチェックしようとする。 その手を掴んで文句を言おうとしたが、そんな私の腕を掴むもう一つの手。 はて、これは誰の手だろう?「すみませんでしたああああ! 俺が、ぶつかったから怪我したんですよね! 本当にごめんなさい!」「え、ああ……えっと?」 ただでさえ酷いメイクをされているのに、よほどショックなのか涙を流して謝ってくるお岩さん。 女性の格好をしているが、どうやら中身は男性らしい。 私の腕を掴んだまま必死で謝ってくるその姿に、私の方が気が抜けてしまった。「別に大丈夫よ? ちょっとお尻が痛かったけれど、ほとんどこの後ろのお兄さんがクッションになってくれたし?」「クッションって、あのね横井《よこい》さん……」 そう明るく言えば気にしないかと思ったのだが、よほど真面目な性格なのか男性はそのまま私達を引っ張って事務所らしき場所へと連れて行った。「本当にすみません! お尻も大丈夫ですかって、ああイタたたた‼」 そう言って私の後ろに回って確認しようとする男性。そんな彼の耳を思いきり引っ張る梨ヶ瀬さんに、私の方が驚かされる。 いきなり何をしちゃってるのよ、この人は!「何してるんです、梨ヶ瀬さん! その笑顔が怖い、メチャクチャ怖いですよ!」 どす黒いオーラを纏っている梨ヶ瀬さんは笑顔だが、どう見ても闇の使者か何かにしか見えない。いつもの笑顔だって爽やかさより謎の恐怖感の方が勝ってる。 私が止めると梨ヶ瀬さんはパッと手を離し、男性はドスン
「何の真似ですか、これは? 大して怖くもないくせに、暗がりだからって調子に乗らないでください」「どうして? 横井《よこい》さんが、お願いしたらいいですよって言ったんでしょ」 ……ええ、言いましたね。確かに言いましたよ、手をぐらい繋ぐくらいならってね。 でも梨ヶ瀬《なしがせ》さんの場合、手ではなく腕が私の腰に巻き付いてますよね。これはどう考えてもおかしいのでは? 「怖いから」なんて言葉を良いように使って、どんどん私に触れる範囲を増やしていく梨ヶ瀬さんは本当にタチが悪い。仕方ないなと放っておいたら、いつの間にかこんな状態になってる。信じられない男だわ。「そんな自分に都合のいい部分だけを、最大限に利用しようとするところが梨ヶ瀬さんですよね。私はちゃんと手を繋ぐくらい、と最初に言ったはずなんですが」「そうだっけ?」 分かってるくせにそうやってとぼけて見せるんですよね? 無理矢理この腕を引き剥がしたいのに、無駄に力強くて嫌になる。スラッとした体型に見えるのに、意外と筋肉質なのもムカつく。「横井さんがもうちょっと怖がってくれれば、俺も楽しいんだけどなあ」 ここまでしておいて、まだ満足出来ませんか? どうやら梨ヶ瀬さんの頭の中では、怖がって彼に抱き着く私の姿でも出来上がっていたのかもしれない。 ……そんなの、私は絶対にごめんですけれどね!「そうですか? 私は十分楽しいのでこれでいいですけどね。不満があるとすればこの腰に回った腕くらいで」 梨ヶ瀬さんがそう言うのなら、私もしっかり嫌味を返すことは忘れない。そうやって、どんどん可愛くない女になってやろうと思っているのに……「うん、横井さんのそういう気の強いとこ本当にツボだよね。弱音を吐くところを俺だけに見せて欲しくなる、きっと可愛くて抱きしめたくなるだろうな」 ああ、どうやら何を言っても無駄らしい。 私が思っていたのよりずっと、梨ヶ瀬さんの妄想力は凄いものだったのかもしれない。そんな想像をされても、こっちは迷惑でしかないのですが。「そういうセリフは、もう少し下心を隠したりするものじゃないですか? もうただのセクハラにしか聞こえない気がします」「ときめいてはくれないんだ?」 そう言って笑う梨ヶ瀬さんに、あからさまに嫌そうな顔をして見せた。何をどうすれば、そういうことになるのかと言わんばかりに。
「せっかくだからもっと横井《よこい》さんとの仲を深めようと思って?」「お断りしたいですね、私は梨ヶ瀬《なしがせ》さんとは会社だけのお付き合いでいたいので」 笑ってそう話してくる梨ヶ瀬さんに私は出来る限りの塩対応をしてみせる、こんなの大した効果が無いって分かっていてもしないよりはマシだと思いたい。 本当にどうしてよりにもよって、こんな可愛くない私みたいなのに執着するのだろうか? 彼の傍にはいくらでも可愛くて素直な女の子がたくさん集まってくるのに。「本当にそう思ってるなら、もっとしっかり拒絶した方が良いよ? そんな中途半端な態度を取られても俺は諦める気はないし」 分かってる、自分の行動が中途半端だってことくらい。今回のデートだって、本当は梨ヶ瀬さんの思い通りになりたくないのなら断るべきだった。 フードコートで繫がれた手だって、本気を出せば振りほどけたはず。でも私はそれをしなかった、これくらいはいいかとなあなあな態度を取っているのは自分なんだから。「拒絶された方が嬉しいなんてマゾみたいですよ、梨ヶ瀬さん」「……誰もその方が嬉しいなんて言ったつもりはないんだけど。それくらいしなきゃ、俺みたいな男にそのうち食べられちゃうよって話」「た、たべ……っ⁉」 さすがにそこまでは考えて無くて、驚いて声が裏返ってしまった。こんな場所で何てこと言い出すのよ、この人は!「そのうち……ね? ほら俺達の番が来たよ、行こう」 そうやって余裕で私を振り回して、楽しそうな梨ヶ瀬さんに心底ムカつく。ちょっとこっちが優位に立ったと思えばすぐにそんなのはひっくり返されて、やっぱり私が良いように転がされてる。 きっと私がしてることなんて梨ヶ瀬さんにとっては可愛い抵抗でしかないのかもしれない。「……今に見てなさいよ」 そんなに簡単に攻略されてたまるもんですか。何故梨ヶ瀬さんにだけこんな風に対抗心を燃やしてしまうのか、それは分からないけれど負けたくない。 もしかしたら私と梨ヶ瀬さんは、甘い関係になんて一生なれないのかもしれない。 それなのに……
「さっきのアトラクション、かなりスリルがありましたね。実は私、ああいいうの凄く好きなんです!」 お昼も過ぎて、空腹を感じた私たちは四人そろってフードコートへ。私は軽くサンドイッチを摘まみ、梨ヶ瀬《なしがせ》さんはスパゲティーをフォークでクルクルと巻いている。 眞杉《ますぎ》さんと鷹尾《たかお》さんは仲良く同じオムライスを頼んでいるのが気になるが。「そうですね。眞杉さんが乗りたければ、後でもう一度一緒に……」 隣で楽しそうに話している眞杉さんと鷹尾さん、もう私たちの存在などすっかり忘れて二人の世界を作っている。 今日、私と梨ヶ瀬さんが協力するような事って何かあっただろうか? もう必要ないのならこのまま帰りたい。そう出来ないのは、梨ヶ瀬さんが私から視線をそらさないからだ。「私をじっと見ている暇があるのなら、目の前の料理を早く食べてしまったらどうですか? いつまでも待たされるのなら、私は先に次のアトラクションに行かせてもらっても……」「ダメだよ、次に横井《よこい》さんと回るアトラクションはもう決めてるし。鷹尾達もそろそろ二人きりにさせてやればいい、もう俺達は必要ないだろうしね」 後半部分には文句ないですが、前半部分にはあんまり賛成したくない。梨ヶ瀬さんが考えていることなんて、どうせろくなことが無いだろうし。 梨ヶ瀬さんはそう言うと昼食を済ませ鷹尾さんに何かを耳打ちすると、立ち上がり私を連れてフードコートを出た。「ちょっと!? 鷹尾さん達の事、本当に放っておいていいんですか? 眞杉さんはまだ、私たちにいて欲しそうな顔してた気がしますけど」 これは半分本当。眞杉さんはもう少し私たちが一緒に居るのだと思ってたようで、席を立った私達に驚いた表情をしていた。あと半分は……私もその方が都合がいいから。 だって、梨ヶ瀬さんと二人きりって言われたらやっぱり警戒しちゃうじゃない。「ダーメ、そう言って横井さんは俺と二人きりになるのを回避しようとしてるだけでしょ? 鷹尾にもしっかりするように言ったし。大丈夫だよ、少しくらい俺達だってデートらしい事したって」「……
「ご、ごめんなさい! 何だかいい雰囲気のところを、邪魔しちゃったみたいで。私達は二人を探していて、つい……」「そうなんだよ、次のアトラクションもみんなで乗るんだとばかり思ってたから!」 焦ったようにそう話す二人に、こっちの方が申し訳ない気持ちになってくる。眞杉《ますぎ》さんと鷹尾《たかお》さんに悪気はないし、ただ居合わせただけの二人には何の罪もない。 この状況の中で悪いのはただ一人。そうこんな誤解を生むような真似をした、梨ヶ瀬《なしがせ》さんだけなのだから!「違うのよ、これはそう言うのじゃなくてね。ちょっと梨ヶ瀬さんの具合が悪かったから、この辺りで休ませようとしていただけで……」 分かっている、こんな事を言ってもきっと誤魔化していると思われるだけに違いない。それとも照れ隠しなのかと、二人に生温かい目で見られるのだろうか? なにせ今現在の梨ヶ瀬さんは、私にキスをした上にピンピンしているのだから。 いつの間にか私の横に立っている梨ヶ瀬さんは、涼しい顔で二人にさっきのアトラクションは楽しかったと話している。やっぱり絶叫系なんて、平気だったんじゃないの!? あれほど梨ヶ瀬さんの思い通りになるもんかと気合を入れたのに、簡単に騙され手の上で転がされていたと思うと地団太を踏みたくなる。 そんな私に追い打ちをかけるように、鷹尾さんは笑顔で……「そんな、心配しなくていいよ! 二人の事は会社では黙っておくから。こいつの取り巻きも面倒そうだし、俺たちも協力するし安心してくれ!」「へえ、それは頼もしいな。そんな事を言って、鷹尾はいったいどんな見返りを考えているのやら?」 そんな風に楽しそうに話を進める鷹尾さんと梨ヶ瀬さんに、もはやストップをかける事も出来ない状態の私。 後ろから心配そうに私に声をかけてくれる眞杉さんに二人を止めて欲しいと頼もうとしたが、彼女の誤解もやはり解けてはおらず……「大丈夫です、私も全力で二人の見守り隊を務めさせていただきますから!」 ……そんな迷惑な隊は、今すぐ解散してくれませんかね? どうせその中のメンバーは、眞杉さんと鷹尾さんだけなんでしょうし。 結局……この二人を良い感じにするはずだったダブルデートは、私と梨ヶ瀬さんの関係を誤解させるだけのものに変わってしまっていた。私の予定では、こんなはずじゃなかったのに。 いつの間にか見
「だからって、そんな勝手にキスするなんて!」「唇はさすがに合意の上でしたいから額にしたんだけど、もしかしてガッカリさせてちゃった?」 なんでそうなるのよ!? どう考えても勝手にキスなんかするな、って意味にしか聞こえないはずでしょう。こんな事でも自分の良いように持っていく、そんな梨ヶ瀬《なしがせ》さんに感心しそうになる。「ガッカリなんてするわけないでしょう! それに私には、梨ヶ瀬さんと唇にキスする予定もありません!」「俺の予定にはあるけれど?」 シレッとそう言う梨ヶ瀬さんに唖然となる、何となくこの人は本気でそう言っている気がしたから。だからって、普通そういう事を堂々と口にしたりします?「勝手に私を巻き込んで、予定を立てないでくださいっ!」 他の人が巻き込まれる分には構わないが、それが自分となるとそうはいかない。どんなアプローチを受けても、私には梨ヶ瀬さんと付き合う気なんて無いのだから。 でもそれは梨ヶ瀬さんも同じく、私と付き合うためには手段を選ばない気らしい。「巻き込ませてくれなきゃ、俺が困る。だって横井《よこい》さん、ちっとも俺の方を向いてくれないじゃない?」 ……そんなこと思ってないくせに、嘘つき。 本当に私が梨ヶ瀬さんをどうとも思ってないと感じてるのなら、こんな手は使わないはず。 私の心がほんの少しだけ揺れてる事に、本当は気付いてるんでしょう? 「具合が悪くないのならもう問題ないですよね、次のアトラクションに行きましょう」 梨ヶ瀬さんの腕から逃れるように立ち上がろうとすると、とんでもないものが私の目に入る。 ちょっと待って、まさか……「おや? 眞杉《ますぎ》さんと鷹尾《たかお》が、こっちを見てるね。彼らはいつからいたんだろう?」 そんな馬鹿なことってあるの!? すぐ傍には私達を見て、真っ赤な顔をしている眞杉さんと鷹尾さん。この様子だとさっきの梨ヶ瀬さんからのキスも、バッチリ見られてしまっていた可能性が高い。 まさかこれも梨ヶ瀬さんの作戦の内だって言うの? 信じられない気持ちで梨ヶ瀬さんを見上げれば、彼は困ったように笑ってみせる。 わざとではないが、梨ヶ瀬さん的にはナイスタイミングだとでも思っているのだろう。「し、信じられない……っ!」 無理矢理に梨ヶ瀬さんの腕を引き剥がして立ちあがると、眞杉さん達の誤解を解くために
